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人財と組織の育成を支援する「合同会社5W1H」のニューズレター

「納得できるように、物事を主体的に変えていく力」を持った人・組織こそが、「意義深い人生を送る能力」を持った人(から成る組織)であり、「贅沢さとは異なる豊かさを享受し、QOL(人生の質)向上を実現する能力」を持った人・組織である

「場数」の踏み方;「経営判断」としての人財育成(第125号)

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こんにちは、合同会社5W1Hの高野潤一郎です。

前号では、本来の意味からすると、「研修」とは次のようなものではないか?という、今の私の考えをご紹介していました。

  • 「わかる」レベルで終わるものは「研修」と呼べず、「できる」レベルに到達するまで行うのが「研修」
  • その過程において何らかの「精神面における成長」が見込めるものが「研修」
  • 学習の臨界点(閾値)を超えるまでやる」ことが「研修」

そして、ニューズレターご購読のあなたに向けて、下記の問いかけを発していました。

  • 自組織の現状を把握し、他の組織とは異なる独自の目的を明確にした上で、流行や目新しさに惑わされず、他の組織とは異なる独自の研修を実施されているでしょうか?
  •  あなたが所属されている組織にとって、○○研修とは「何のための手段」なのでしょうか?

今回は、前号の内容を踏まえて、「場数を踏む」ということについて、今の私の考えをご紹介してみようと思います。

 

研修は「守破離」の「守」の段階:「自然にできる」を増やす

福聚寺住職で芥川賞作家の玄侑宗久さんが書かれた、次の文章を読んだことがあります。

剣道、柔道、合氣道、どれもそうだが、稽古の場で心がけるのはまず、基本的な動作が無意識にできるほどの反復練習である。
 (中略)
武道に通底する考え方は禅の世界にあり、禅はまず自然が拡張できるものだと考えている。つまり、初めはどんなに不自然と思えることも、反復練習すれば習熟して無意識にできるようになる。無意識にできるようになったことは、新たな「自然」であり、その自然の拡張のことを「上達」と呼ぶのである。

[ 出典:「月刊武道」2012年7月号記事:「無心」の教育/玄侑宗久より抜粋引用 ]

また、出処については諸説ある言葉ですが、学習段階について表現した有名な「守破離(しゅはり)」という言葉・概念があります。

:ひたすら師の教え(既存の型)を守り、基本を身につけるよう繰り返す段階。

:独創性を発揮し、既成概念に工夫・応用を加え(既存の型を破り)、それを発展させる段階。

:新たに独自の型を生み出し、既存の型・師の下を離れる段階。

(※ファシリテーションダイアローグなどは、主に「」や「」といった学習段階で効果を発揮するもので、人財開発・人財育成の分野というよりは、組織開発の分野で扱われるアプローチだと言えそうですね。)

さらに、学習段階を表した別表現として「学習の4段階」と言われるものがあります。

「無意識、無能力」(知らないし、できない)
    ↓
有意識、無能力」(知っているけど、できない)
    ↓
有意識、有能力」(知っていて、意識すればできる)
    ↓
「無意識、有能力」(意識していなくてもできる)
…歯磨き、自転車の運転など

こういった内容を踏まえると、前号でお伝えしていた(本来の意味での)「研修」の別の表現として、「研修守破離の守の段階」、「研修(無意識のうちに)『自然』にできることを増やすこと」といったものを追加しても良さそうだと思えてきます。

ただし、「研修」や「OJT 」(On-the-Job Training: 実務経験を通して、業務上必要とされる知識や技術を身につけるトレーニング方法)で注意が必要だと思うことの1つに「場数を踏めばいい」という考え方があります。この考え方について、あなたはどんな意見をお持ちでしょうか?

 

「場数を踏む」ことについての私の考え

これまでのニューズレターでは、「場数を踏むこと」について、さまざまな文脈の下、次のような主張を紹介してまいりました。

  • 「漫然と経験を積む」ことと「体系的に経験を積む」ことは、まったくの別物である
  • ただただ練習の場数を踏めばいいという姿勢の練習会は、自分のコーチングの何が強みで、今後どう改善していけばいいのかに関する氣づきが得られず、褒め合いや自己満足で終わっていることが多い
  • 経験の多さばかりを誇る講師やコーチは、強いクセを持ち、受講者や利用者との相性の善し悪しや、効果の有無、当たり外れが多い傾向にある(…異なる強みを持っているのに、同じスタイルを強要されてパフォーマンスが落ちるなどといった悪影響がもたらされることもある)
  • 経験と勘に頼る、行き当たりばったりのアプローチ(…振り返り時に、あのとき、あの状況で、何をどう考えてあのように対処したのかという説明ができないアプローチ)を見せられて、「結局は直感だ」と言われても、他者が学ぶ際に多くの困難が生じる
  • 明確な意図や計画のないOJTに頼る姿勢は、組織のヴィジョン・ミッション・価値観・ウェイ・戦略・事業計画の実現を妨げる
  • 「やみくもに 場数を踏め」というアプローチ では 、失敗体験ばかりを重ねることによって、学習意欲や自信を失ったりする方が増えるといった弊害もある
  • 対象に取り組むこと、次から次へと体験を積むこと自体(ただただ場数を踏むこと)が目的化し、省察を行わないために体系的な分析や理解を欠くと、効果的な学習は行えない(効率的ですらない)。

「場数を踏むこと」について、おおよそ私が考えていることはご理解いただけたのではないかと思うのですが、今回は、もう1つ新たな視点を追加してご紹介しようと思います。それは、「対人スキルの学習では、自分1人で『場数』は踏めない」という視点です。

当たり前のようですが、対人スキルの学習、コミュニケーションの学習などで、経験を積むには「相手」が必要となります。

ヒット率が低くても「数打ちゃ当たる」んだ!とばかり、絨毯爆撃的に行う営業活動などで場数を踏むことを勧める方(上司、ベテラン、指導係など)もいるようですが、相手のことよりも自分のこと(歩合手数料、成約件数ほか)を中心に考えて活動する人間が増えると、その業界や会社の評判が下がります

これは何も、営業に限ったことではありません。例えば、コーチングでもそうです。「無料コーチング」だと言って、数十人、数百人と見込み客(クライアント候補)に「無料のお試しセッション」を提供しつつ、自分のコーチング・スキルの向上を図る人々もいると聞いています。自分の身近な人から始めて、さまざまな人にコーチングの練習相手になってもらい、無料セッションのお礼に証拠書類に署名をもらうことで、自分の「コーチング実績(時間)」にカウントしたり、コーチングを教える団体から「コーチの資格」を得たりといったことも行われているようです。

よく考えてみましょう。ご厚意でコーチングの相手になってくださったクライアントの方は、コーチを信頼してあれこれ話をしてくださったり、心の内を漏らしてくださったりもするわけです。 しかし、基本的には、「お試しセッション」の1回で終わることがほとんどです。クライアントの中には、心の内をさらけ出したまま放置されたり、頭の中が整理されずに放置されたりして、そのままコーチングが終了してしまうことで、特定のコーチのみならず、コーチングというもの自体に対して嫌な思いを持つようになり、周囲にネガティブPRをしてしまうこともあるでしょう。 

また、頼まれてクライアントを引き受けてくださった心優しい方というのは、コーチングの理論などについて詳しくない方がほとんどですから、コーチに対して、ふわっとした感想を述べる程度のことしかできず、コーチング能力の向上にとって適切な視点からコーチにとって有益なコメントやフィードバックを与えることなどできないものと推察されます。 

「無料コーチング」「無料のお試しセッション」を提供したコーチは、「証拠書類への署名」などがもらえたり、何人かの「新規クライアントを獲得」できたりして良いことがあるのかもしれません。 しかし、クライアントを引き受けてくださった方にとってはどうなのでしょうか? また、上記のような理由により、「無料コーチング」「無料のお試しセッション」でむやみに場数を踏んでも、コーチの力量が効果的・効率的に上げることができるとは思えません。 こうした仕組みによって質の低いコーチが量産される(コーチ全体の実力平均値が落ちる)と、(実力のないコーチに最初に当たってしまうクライアントも増え)コーチング自体の評判が落ち、間接的にコーチングへの誤った偏見が広まることでコーチング業界に悪影響を及ぼしているといった側面があるように思うのは、私だけでしょうか?

※上記考えに則り、弊社では、「無料コーチング」や「無料のお試しセッション」は一切行っておりません。 また、2013年1月にスタートする期の募集を開始した、合同会社5W1H流 「コーチング学習プログラム」(CLP)では、「クライアント候補者がコーチングに取り組む準備が出来ているか確認するモデル」についても取り上げ、セラピーやカウンセリングが適切なクライアントに対して、コーチングをお勧めしたり、コーチングを続けたりしないよう、CLP参加者にお伝えしています。 さらに、コーチングの技量を上げるための尺度として「ベンチマーキング・シート」を用いたコーチングの練習会:「コーチング演習パートナーシップ」を設け、どこのコーチング団体で学ばれた方でも、継続的にコーチングについて共に学んで行ける場を大切にしています。

営業やコーチングの無料セッションについての例を踏まえ、「対人スキルの学習では、自分1人で『場数』は踏めない」という視点に戻って考えると、「場数を踏むこと」についていろいろと注意すべき点が見えてきそうです。

例えば、守破離の「」の段階では、対人スキルの演習相手の利益・役割などについてきちんと考え、演習相手に同意を得ること、また、(できれば指導者を加えて)同じ内容について学習した者どうしが「上達」に有益な視点からコメント・フィードバックが行える環境を定期的に設けることなどもありそうです。 あなたは、他にどんなものを思いつかれましたか?

 

さて今回は、「研修守破離の守の段階」「研修『自然』にできることを増やすこと」といった表現を追加し、そうは言っても、「むやみに場数を踏めば良いというわけではない」「対人スキルの学習では、演習相手選びや定期的な環境づくりが大切」という私の考えを紹介してまいりました。

私は、「経営改革の方針」や「事業計画」から離れたところで、人財育成(や組織開発)が独立して進められている組織の話を聞くたびに違和感と危機感を覚えています。前号と今号でお伝えしたきた「研修」に、組織の重要なリソース(時間、エネルギー、費用など)の一部を割くのであれば、つまり、人財育成(や組織開発)に本氣で取り組むのであれば、「組織の存在意義・目的などに沿った、意図を持った変化」「世界認識・自社認識の変化を基盤に据えた人財育成計画」が大切なのではないでしょうか?

よく考えてください。 「自律型人財」って、極端に言えば上司の指示・命令を無視してでも現場で独自の判断を下す人財かもしれませんよ。 また、工業製品であれば「グローバル・スタンダード」と「標準化」の重要性を訴えるのはわかりますが、人財育成の場でも「他人に置き換え可能な平均的な人財」あるいは「周囲に馴染まないとんがった人財」を生み出そうとする方針で、あなたの組織・部署は本当に良いのでしょうか? 人事部や労務部の下部組織として小さな人財育成チームがあるなんていう組織構造になっていませんか? 組織の在り方、組織の将来に大きな影響を与えるのが人財育成であり、「『経営判断』としての人財育成」が求められているのではないでしょうか?

合同会社5W1Hの人財育成コンサルティング

是非、自組織における「研修」について、改めて考えるきっかけとして、前号と今号をご活用ください。

あなたは、どのような印象をお持ちになり、何を考えられたでしょうか? 何か少しでもお役に立てれば幸いです。

それでは、また次回のニューズレターでお会いしましょう♪

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