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人財と組織の育成を支援する「合同会社5W1H」のニューズレター

「納得できるように、物事を主体的に変えていく力」を持った人・組織こそが、「意義深い人生を送る能力」を持った人(から成る組織)であり、「贅沢さとは異なる豊かさを享受し、QOL(人生の質)向上を実現する能力」を持った人・組織である

「たまたま」を「高確率」に変えるため、「型」を「形」に変える(第102号)

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こんにちは、合同会社5W1H代表の高野潤一郎です。

今回は、「なぜだかわからず『たまたま』うまく機能する質問、つまり、リスクの大きな、当たり外れの大きな質問を繰り返すのではなくて、ヒトの認知のメカニズムについて一旦体系的に理解することで、『高確率』で機能する質問、洞察力に富んだヒット率の高い質問を発することができるようになる学習で『質問力』を高めましょう!」という話をお伝えできればと思います。

 

決まり切った質問しか発しない「刑事コロンボ」なら面白くなかった

みなさんは、「刑事コロンボ」(単発映画として1968年と1971年に2作品、旧シリーズとして1971~1978年、新シリーズとして1989~2003年に制作された米国ドラマ、日本では1972年からNHKで放送開始)をご存知でしょうか?

刑事コロンボ」は、

  • 初めに犯人がわかった上で物語が展開され、その動機や犯行手口を暴いていくため、犯人側の緊張や焦りといった心理も味わうことができるという、当時としては斬新な倒叙を採用
  • コロンボのキャラクター設定:「君は優れた知性を持つがそれを隠している。道化のようなフリをしている。何故か。その外見のせいだ。外見のせいで、押しも効かないし尊敬もされない。が、君はその弱点を逆に武器とする。君は不意打ちをかける。見くびっていた連中は、そこで見事につまずく。」(…第1話「殺人処方箋」(Prescription:Murder)の犯人であるレイ・フレミング医師の言葉より)
  • 見落としがちな小さな矛盾から生じる疑問点を基に、(特に旧シリーズでは)暴力や性的描写なしで犯人との心理戦を中心に展開される、執拗なまでの捜査のプロセスを楽しむことができる

などといった魅力で、日本でも多くのファンを獲得していましたが、主演のピーター・フォークさんが今年の6月23日に逝去されたことを踏まえ、ピーター・フォークさんの誕生日である9月16日から、AXNミステリーで、「刑事コロンボよ、永遠に ピーター・フォーク追悼特集」が50時間連続で放送されていました。

私が口笛を吹けるようになったのは、日本で一般に「刑事コロンボのテーマ」として知られている「NBCミステリー・ムービー」のテーマ曲(ヘンリー・マンシーニの「Mystery Movie Theme」)をマネしたからであり、我が家に初めてビデオデッキがやってきたのは、夜遅くまで起きていなくても「刑事コロンボ」が見られるようにという表向きの理由があったためであり、主演のピーター・フォークと私の誕生日が同じ(…生まれた年は違います!)であることなども含めて、何かと縁を感じる作品です。

マニアというには程遠いですが、放送された作品はすべて何度か見ていますし、小学生か中学生の頃には、本も持っているくらいには好きでした。(小学4年生~大学2年生くらいまでは、コロンボに限らず、日本語で書かれた外国の推理小説をいろいろ読んでいました。)シャーロック・ホームズの場合には「観察力」や「推理力」に魅力を感じることも多いですが、コロンボの場合には、「あ~、もう1つだけ…」といったフレーズを繰り返して「質問」を発する姿が印象に残っている方も多いのではないでしょうか。私の場合には、「質問」あるいは「質問力」に関して興味を持ち始めたであろう、一番古い記憶がこの「刑事コロンボ」との出会いだったような氣がしています。

質問力に関する書籍やセミナーは、近年、いろいろな方がいろいろな定義・切り口で情報発信をされ、次々に現れては消えていっています。その背景には、「営業のこういった場面ではこういう質問をしろ」「部下育成では、こういう質問フレーズが大事」などと、「特定場面において特定の質問フレーズを投げかけることばかり奨励」するために、「質問がわざとらしい」「質問がぎこちない」「口先だけで信用できない」…といった印象を与え、「効果的ではない」あるいは「実用的ではない」と感じる人を量産していることも一因となっているのではないかと考えています。

ちょっと想像してみてください。「特定場面において、特定の質問フレーズを投げかけることばかり繰り返す、機械的なコロンボ」を!そういった仕事のやり方で、高いパフォーマンスを発揮できるでしょうか?

今回、「質問力」を提供コンテンツ・サービスの礎とする弊社では、現れては消えていく質問力と「前提からして違う!」という想いを募らせてきている私が、「ピーター・フォーク追悼」編といった趣で、弊社の考える「質問力」について、「型」(かた)を「形」(かたち)という表現を用いて持論を展開してみようと思います。

 

「型」(かた)を「形」(かたち)に変える

さて、「型」を「形」に変えるとはどういうことでしょうか?

例えば、初対面の人と挨拶をする場面を取り上げましょう。特にビジネスの場面では、お辞儀をする、名刺を交換するなどといった行動も含まれることが多いかと思います。お辞儀では、腰をかがめて頭を下げるという「型」を通して、相手に敬意を伝えています。すなわち、相手に敬意が伝わってはじめて、お辞儀が「形」となるのであって、能面のような無表情で、腰をかがめて頭を下げるという所作を機械的に行っても「型」に過ぎないばかりか、時には、相手に否定的な印象を与えてしまいかねません。

また、外国人と名刺交換する際に、こちらが両手で丁重に名刺を差し出しても、外国人が名刺を片手の指で無造作に受け取り、しばらくするとそのままポケットにしまうという場面に出くわしたことのある方も多いのではないでしょうか。外国人からすると、名刺というのは一片の紙であり、紙に書かれた情報は貴重なものかもしれないけれど、両手で持たなければいけないほど重いものでもないですし、道端で配っているポケットテイッシュを受け取るのと大差ないと考える方がいるわけです。そして、相手の名前などが書かれた紙にも敬意を払う姿勢を、名刺を両手で持つことで表現しようとする日本人の中には、こうした外国人の対応に感覚の違いを覚える方も少なくないようです。

もう少し、コミュニケーションにおける「型」と「形」について考えを進めてみましょう。

「お辞儀」や「名刺交換」の例でみたように、「型」だけであれば、無味乾燥な公式に過ぎませんが、私たちは、「型」を「形」とする過程で自分自身の在り方・相手や場に対する態度・自分ならではの能力や意欲といったオリジナリティあるスタイルを加味しています。「お辞儀」や「名刺交換」を通して、日本人が行っているのは、「意味が込められた振る舞い」「意味が付与された所作」(semantically loaded behavior)です。これらを、「型」の交換として行ってしまうと相手との関係や場の雰囲氣を悪くしてしまうこともあるため、コミュニケーションの本来の目的が達せられるよう「形」の交換を行うことが望ましいとされています。

では、「型」と「形」の話は、「質問力」とどう絡んでくるのでしょうか?

 

質問力の「前提」と「システム思考」

弊社では、「エグゼクティブ・コーチング(リーダーシップ開発コーチング)」や「人財育成コンサルティング」、「学習や問題解決の場のファシリテーション」も提供しており、さまざまな「問題解決」のお手伝いをさせていただくことがあります。

そういった場でよく話すことの1つに、「問題構造(構成要素、要素どうしの関係、要素を取り巻く環境など)を正確に把握しましょう!システム思考で考えましょう!」というのがあります。
これを「質問力」の話に適用すると、次のような話になります。

巷によくある「質問力」の背景には、

  • コミュニケーションとは、『言葉』のやり取りである

といった前提があり、「特定の状況下で、特定の経験と勘を持った人だからこそ成功できた事例、質問のフレーズ」を収集して記憶するというアプローチが奨励され、結果として、その内容を上手に活用できる人とできない人が発生しています。なぜだかわからず「たまたま」うまく機能することがある質問、つまり、当たり外れの大きな質問をしている人は何をしているかというと、「情報発信者の都合」ばかり考えた質問フレーズ集の暗記に努めているのです。「システム思考」という切り口から見れば、コミュニケーションの場を構成する1つの要素(=情報発信者(の都合))についてしか考えていないアプローチだと言えるでしょう。

一方、弊社では、質問力に関して、

  • 質問力 = 真実あるいは解決策を探求する能力
  • フレームワーク質問力®…合同会社5W1Hの登録商標
    =相手のフレーム(理解・判断・分析などの基準となっている体系・枠組み;ものの見方;解釈の切り口;暗黙の前提条件など)を探求し、フレームのズレを調整しつつ、真実あるいは解決策を探求する能力

という定義を用いています。そして、「フレームワーク質問力」の背景にあるのは、

  • コミュニケーションとは、『意味』のやり取りである
  • 意味は、『フレーズとフレーム』あるいは 『コンテンツとコンテクスト』の相互作用によって生じる

という前提であり、「どうやったら、適切な質問が思いつくようになるのか?」「何を、なぜ、どうやって、どこまで尋ねればいいのか?」といった学習者の疑問に答える指針を盛り込んだ構成となっています。これを「システム思考」という切り口から見れば、コミュニケーションの場を構成する「要素」(情報発信者と情報受信者)のみならず、「要素間の関係」(感情を持つ生身の人間としての、情報発信者と情報受信者の関係性)や「要素を取り巻く環境」(「これは、営業/説得/交渉/意思決定の場である」などと、コミュニケーションの目的を共有した人物が集まる場づくり)について配慮したアプローチであることがご理解いただけるのではないでしょうか。

このように見てくると、前述の「型」と「形」の話が、下記のような形式で関係づけられるのではないかと考えています。

  • よくある「質問力」:

    → 「特定の状況下で、特定の経験と勘を持った人だからこそ成功できた事例、質問のフレーズ」(コンテンツ)を収集して記憶するという、「『型』を意識したアプローチ

    なぜだかわからず「たまたま」うまく機能することがある質問、つまり、当たり外れの大きな質問を発する人物を生み出す

    → 記憶したフレーズを機械的に繰り返し、相手に「わざとらしい/ぎこちない」といった印象を与える質問者を生み出す

    → やみくもに質問力の実践経験を積んでも、「変なクセを身につけてしまって氣づかない」「何がどういった理由でまずいのかわからず、どう直せばいいのか手掛かりがない」という状況に陥りがち

     

  • 弊社の「質問力」:

    → 「システム思考」および「ヒトの認知のメカニズム」の体系的理解に基づき、「相手のモノの見方、人間関係や場」(コンテクスト)にも配慮した、「『形』を意識したアプローチ

    → 「洞察力」に富み「ヒット率の高い」質問を発することができるようになる、

    → 自分のコミュニケーションを振り返る際のガイドラインとして、「ヒトの認知のメカニズム」や「質問フレーズの選び方」などといった原理原則について学んでいるので、「コミュニケーションの実体験を学習の機会として効果的に活用」していくことができる…体験を積み上げていく際の基礎となる体系がある


いかがでしょうか?

今回のニューズレターのタイトルに書いた「『たまたま』を『高確率』に変えるため、『型』を『形』に変える」という表現について、少しイメージを共有していただけたでしょうか。

さて今回は、

  • 決まり切った質問しか発しない「刑事コロンボ」なら面白くなかった
  • 「型」(かた)を「形」(かたち)に変える
  • 質問力の「前提」と「システム思考」

といった話を通して、「なぜだかわからず『たまたま』うまく機能する質問、つまり、リスクの大きな、当たり外れの大きな質問を繰り返すのではなくて、ヒトの認知のメカニズムについて一旦体系的に理解することで、『高確率』で機能する質問、洞察力に富んだヒット率の高い質問を発することができるようになる学習で『質問力』を高めましょう!」という話をご紹介しました。

 

あなたは、どのような印象をお持ちになり、何を考えられたでしょうか?

何か少しでもお役に立てれば幸いです。

それでは、また次回のニューズレターでお会いしましょう♪

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